山田美妙
「武蔵野」
その内に日は名残りなくほとんど暮れかかッて来て雲の色も薄暗く、野末もだんだんと霞んでしまうころ、変な雲が富士の裾へ腰を掛けて来た。原の広さ、天(そら)の大きさ、風の強さ、草の高さ、いずれも恐ろしいほどに苛(いか)めしくて、人家はどこかすこしも見えず、時々ははるか対方(むこう)の方を馳せて行く馬の影がちらつくばかり、夕暮の淋しさはだんだんと脳を噛んで来る。
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「武蔵野」
その内に日は名残りなくほとんど暮れかかッて来て雲の色も薄暗く、野末もだんだんと霞んでしまうころ、変な雲が富士の裾へ腰を掛けて来た。原の広さ、天(そら)の大きさ、風の強さ、草の高さ、いずれも恐ろしいほどに苛(いか)めしくて、人家はどこかすこしも見えず、時々ははるか対方(むこう)の方を馳せて行く馬の影がちらつくばかり、夕暮の淋しさはだんだんと脳を噛んで来る。
授かりしもの全容の五月富士
あと戻りせざる五月の富士に逢ふ
富士見えぬ方が裏口年木積む
赤富士に青くなりゆく空ありし
夕富士となつてをりけり昼寝ざめ
桃狩のくるりと剥けて遠い富士
初富士や常の日課の犬連れて
桃の花咲くやまかひを登り来て
空に浮かべる富士に真対ふ
三寒やエンデバの富士白一点
掛り凧富士より高く暮れのこる
雪を被て裏富士神の座に戻る
獅子独活や八月の富士くろがねに
富士包む闇大いなり新酒酌む
くろがねの富士をそびらに踊の輪
西方に浄土の富士や秋の暮
富士の雪解けぬまげんげさかりなる
大富士は日照り返し梅実る
雪の富士に藍いくすぢや橡咲いて
天の原初富士吹雪ながれやまず
雪解富士幽かに凍みる月夜かな
富士は雲に沈みあやめは濃紫
枯尾花日光富士を消しにけり
柿若葉雨後の濡富士雲間より