長谷川かな女
富士洗ふ冷え引き寄せし枕かな
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富士洗ふ冷え引き寄せし枕かな
船に酔うて子の手冷たし春の富士
笛のよく売れる祭よ津軽富士
秋の闇富嶽も鈴も封じたり
炎天はときに富嶽を蔵すかに
すじ雲に初冠雪の富士が出ず
富士よりの湧水の池種浸す
水やうかん六月富士の細り立つ
夏の富士舟より魚の血を流す
夏富士や臓潔らかに鱒育つ
手なぞこに乗るほどの富士鍬始
初富士にかくすべき身もなかりけり
一条の煤煙のもと皐月富士
初刷に立ち迫るかな富士の絵は
初富士や母を珠ともたとふれば
日の暮の富士のそびえの秋風に
ほととぎす金色発す夕富士に
寒富士や俳句の行衛国の行衛
富士現れてハンケチさへも秋の影
秋富士の彼方に病友文を待つ
雲海の彼岸の富士や今日あけつゝ
雪の富士落暉紅さと円さの極
暮の富士歌の茂吉に会ひに行く
白馬の眼繞る癇派雪の富士
初富士や鷹二羽比肩しつつ舞ふ
揚羽遂に潮路に墜ちぬ不二の前
富士秋天墓は小さく死は易し
初冨士銀冠その蒼身は空へ融け
秋富士は朝(あした)父夕(ゆふべ)母の如し
寒富士は空を広めて緊く細く
諸山は遠富士に添ひ朝焼くる
富士講のリボンをつけし生命杖
武蔵野や雪降り分かる富士筑波
※雪振り分けて の資料もある。どちら?
「神曲余韻」より ((中)終盤〜(下)前半の抜粋)
(中)まひ
・・・
○近江の国のたゝ中に
大地はくぼむ七十里
忽ち海となりにけり
琵琶の形をそのまゝに
○再び飛びて波の撥は
東海百里のあなたなる
駿河大野に立ちにけり
富士の高峰と名も著く
(下)なごり
○あはれ/\天つ女神の
其の姿今やいづこぞ
たふとくも妙なる調べ
其の音の今やいづこぞ
○富士の峰の万古の雪は
天つ日の万古の影に今もにほへど
琵琶の海の五百重の
波はてる月の千里の影に今も残れど
○末の世の此の末の世に
姫神のありし姿の
うつらめや
彼の雪にかの波に
※早稲田文学、明治30年(1897)に収録
「宇宙の妙律」より (中の前半抜粋)
中 大絃小絃
○あらがねの
地(つち)のきはみは多(さは)なれど
その名にしおふ日の本は
天の精気をうけあつめ
四方に秀る国柄ぞ
○天地の
永き調和の琴の緒は
星より星と伝はりて
我が地球(よ)の中に下りては
先づ皇国(こゝ)にしもとまりけん
○国の鎮めと目もさやに
聳えて立てる富士の峰の
その頂を柱(ぢ)となして
走りゆくへや南溟の
雲のあなたか夕づゝの
北斗の星の青空か
○天つ調べの大絃の
かかりてとまる富士の根ゆ
更らに出でたる小絃は
妙義浅間や蓮華山
北は百里の蝦夷が島
千島のはてをきはめつゝ
遥かに飛ぶや西筑紫
阿蘇霧島にかけわたり
みづちあぎたふ沖縄の
波路の末ははる/\と
印度 唐土(もろこし) 欧羅巴
其の山々を柱となして
ひくや蜘蛛の綱機の糸
※早稲田文学、明治31年(1898)に収録
瓜の花小き富士の見ゆるなり
北に見る富士やゝ寒くなりにけり
「富士の高根を望む」
○くちぞしぬべき玉の緒の
長くふりにし雨はれて
いとも花さく白浪の
浜松がえは夕映ぬ
○君よ見たまへ甲斐が根を
「君がしたひし其山を
さやかに見るは今の時」
友はいひつゝさりにけり
○小田の細道ふみゆけば
夕日の光まばゆきや
早稲のいなほのほのかにも
秋は見えけりいとはやも
○鏡が浦に出て見れば
大海原の末かけて
一きに高し不二の山
雲を衣となしつつも
○西の空へと天つとふ
入日しぬれば白雲の
てりかへすらん日の光
富士の高根にあかねさし
○ぬかつきふすと見し山は
眺めし山は城となり
笠となりつゝ甲斐が根を
おほふやにのくもたなびきて
○空も一つの海原に
見ゆる白帆は鳥じもの
浮かとぞ思ふ船こそは
三保の浦回をこぐならめ
○あからびく日は落ちはてて
高根のかげもおぼろなり
あかりこそゆけ金星の
光はあかし西の空
○星の林もかがやきて
鏡が浦にうつるなり
五つ六つ四つ漁火の
影火は玉のみすまるか
○見し人々は皆さりて
うちさびにけり玉藻かる
沖つ白浪音ぞなき
汐もかなひし此浦回
○大和島根はうまし国
富士の高根ははしき山
山と国とのしるしなる
大和心は花ならじ
○大和魂を人とはゞ
かくと答へん駿河なる
富士の高根もなほ低く
千尋の海もなほあさし
※早稲田文学、明治30年(1897)収録