梅澤和軒
「富士の高根を望む」
○くちぞしぬべき玉の緒の
長くふりにし雨はれて
いとも花さく白浪の
浜松がえは夕映ぬ
○君よ見たまへ甲斐が根を
「君がしたひし其山を
さやかに見るは今の時」
友はいひつゝさりにけり
○小田の細道ふみゆけば
夕日の光まばゆきや
早稲のいなほのほのかにも
秋は見えけりいとはやも
○鏡が浦に出て見れば
大海原の末かけて
一きに高し不二の山
雲を衣となしつつも
○西の空へと天つとふ
入日しぬれば白雲の
てりかへすらん日の光
富士の高根にあかねさし
○ぬかつきふすと見し山は
眺めし山は城となり
笠となりつゝ甲斐が根を
おほふやにのくもたなびきて
○空も一つの海原に
見ゆる白帆は鳥じもの
浮かとぞ思ふ船こそは
三保の浦回をこぐならめ
○あからびく日は落ちはてて
高根のかげもおぼろなり
あかりこそゆけ金星の
光はあかし西の空
○星の林もかがやきて
鏡が浦にうつるなり
五つ六つ四つ漁火の
影火は玉のみすまるか
○見し人々は皆さりて
うちさびにけり玉藻かる
沖つ白浪音ぞなき
汐もかなひし此浦回
○大和島根はうまし国
富士の高根ははしき山
山と国とのしるしなる
大和心は花ならじ
○大和魂を人とはゞ
かくと答へん駿河なる
富士の高根もなほ低く
千尋の海もなほあさし
※早稲田文学、明治30年(1897)収録