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2006年03月30日

佐藤公子

夏霧の俊足宝永火口より

佐々木良素

富士に向く赤松樹林蝉しぐれ

※この方の情報を教えてください!

佐久間法師

白樺の白に揺るる葉や雪解富士

今野しげよ

春風の届いてをりし冨士山頂

※この方の情報を教えてください!

坂井多嘉

寒林の道いくたびも富士に会ふ

今村泗水

落葉松の上の月夜富士見て湯ざめ

在本順子

攀じに攀づ天まで富士の大斜面

天井界神に還して富士閉ざす

今村一夜

大いなるあゆみなりしよ葉月富士

斎藤杏子

五月富士現るるよと火山灰踏みくづす

2006年03月28日

高楠順次郎

富士民謡
富士の白雪 朝日でとける
 とけて流れて 三島に落ちて
 三島乙女の 化粧の水
富士に立つ影 乙女の踊り
 右に金時 左に長尾
 八重山霞の裾模様
○箱根まゐりに 千軒詣で
 富士の裾野に 見る初夢は
 一富士二鷹 三なすび
○高い山から 谷底見れば
 谷は春ゆき 早や夏半ば
 瓜やなすびの 花盛り
富士の牧狩り 歌舞伎の澤は
 飯盛り水仕に その身をやつす
 歌舞の菩薩の 晴れの場所。
玉穂の陣屋は 夜もふけ渡り
 怪しき灯影 忍び緒しめて
 曽我兄弟は 跳り足
○怨み果たして 身は花と散る
 散りゆく花を 傍に見て
 虎や少將は 血の涙

※高楠順次郎作詞/弘田龍太郎作曲
※昭和2年

勝俣泰亨

火祭の吉田に応へ富士の火

和田祥子

したたかに富士火祭の火の粉浴ぶ

勝俣鈴子

富士まともなる氷店よくはやり

森口住子

帰りには富士の初雪車窓にす

2006年03月27日

伊沢修二

「あふきみよ」
○あふぎみよ
 ふじのたかねのいやたかく
 ひいづるくにのそのすがた
○みよやひと
 あさひににほふさくらにぞ
 やまとごゝろはあらハるゝ

※伊沢修二作詞作曲

水鏡

太子多くの馬の中よりこれを選び出して、九月にこの馬に乗り給ひて、雲の中に入りて、東をさしておはしき。麻呂といふ人ひとりぞ御馬の右の方にとりつきて、雲に入りにしかば、見る人驚きあざみ侍りし程に、三日ありて帰り給ひて、「われこの馬に乗りて、富士の嶽に至りて、信濃の国へ伝はりて帰り来たれり」と宣ひき。

役行者、御門を傾け奉らんと謀る」と申ししかば、宣旨(せんじ)を下して行者を召しに遣はしたりしに、行者、空に飛び上りて、捕ふべき力も及ばで、使帰り参(まゐ)りてこの由(よし)を申ししかば、行者の母を召し捕られたりし折、筋なくて母に代らんが為に行者参れりしを、伊豆の大島に流しつかはしたりしに、昼は公に従ひ奉りてその島に居、夜は富士の山に行きて行ひき。

役の行者、伊豆国より召し返されて、京に入りて後、空へ飛び上りて、わが身は草座に居、母の尼をば鉢に乗せて、唐土へ渡り侍(はべ)りにき。さりながらも本所を忘れずして、三年に一度、この葛城山と富士の峰へとは来たり給ふなり。時々は会ひ申し侍り。


水鏡について

「御伽草子」より

「音なし草紙」
さて在原の中将も、鬼一口の辛き目に、都の中に住みわびて、東の方に旅衣、遥々行きて宇都の山、思ひをいとゞ駿河なる、富士の煙とかこちつゝ、なほ行末は武蔵野の、はてしもあらぬ恋路ゆゑ、身は徒らに業平の、男に今の世の、我も何かはかはらまし、幾程あらぬ夢の世に、はかなく思ひ消えぬべき、あはれを知らせ給ひなば、露の情をかけ給へ。


「文正ざうし」
冬は雪間に根をませば、やがてか人を見るべき、富士のけぶりの空に消ゆる身のゆくへこそあはれなれ。風のたよりのことづてもがな、心のうちの苦しさも、せめてはかくと知らせばやと、色おりたるもめしたくや候。


「辨の草紙」
  恋しくば上りても見よ辨の石われはごんしやの神とこそなれ
黒髪山の頂に、辨の石と云ふ霊石あり。富士の獄の望夫石の古語を思へば、事あひたる心地して、あらたなりける事どもなり。斯かる不思議ともに人みな見いて、あるは語り、あるは歎き、よしさらば、人の唱ふべきものは、弥陀の名号、願ふべきわざは安養の浄刹なるぺしと、一慶に不惜の阿弥陀仏を両三返申して、目を閉ぢ塞ぎ、袖を濡らさぬはなかりけり。


「美人くらべ」
  あふと見る夢うれしくてさめぬれば逢はぬうつゝのうらめしきかな
と有りければ、姫君の御夢にもこの如く見え給へり。又少将殿富士の高嶺を見給ひて、
  年をへむ逢ひみぬ恋をするがなる富士のたかねをなきとほるかな
さて斯様に尋ね来り給ふとは、姫君知らせ給はず、都の事を思ひて、花の一本、鳥の音までも、都に変らざりければ、かくなむ、
  鳥のねも花も霞もかはらねば春やみやこのかたちなりける


富士の人穴草子」
抑承治元年四月三日と申すに、頼家のかうのとの、和田の平太を召して仰せけるは、「如何に平太、承れ、昔より音に聞く富士の人穴と申せども、未だ聞きたるばかりにて、見る者更になし。さればこの穴に如何なる不思議なる事のあるらむ、汝入りて見て参れ。」と仰せければ、畏まつて申す様、「これは思ひもよらぬ一大事の御事を仰せけるものかな。天を翔くる翼、地を走る獣を獲りて進らせよとの仰せにて候はば、いと易き御事にて候へども、之は如何候べきやらむ、如何にして人穴へ入りて、又二度とも立返る道ならばこそ。」と申上げければ、頼家重ねて是非共と仰せありければ、御意を背き難くて、二つなき命をぱ、君に参らせむとりやうしやう申し、御まへをこそ立たれける。義盛の宿所に参り「聞召せ、平太こそ君の御望みを承りて、富士の人穴へ入り申し候。」と申す。

斯かりける所に、和泉の国の住人、新田の四郎忠綱と申す者、此の事を承り、心の内に思ふ様、「所領千六百町持ちたるなり、今四百町賜はりて、まつはうますわか二人の子供に千町づゝとらせばやと思ひ、鎌倉殿へ参り、御前に畏まりて申しけるは、「忠綱こそ御判をなして、富士の人穴へ入りて見申し候はむ。」と申す。鎌倉殿聞召され、御悦びは限りなし。忠綱宿所に帰りて、女房に語りけるは「頼家の敕を蒙り、富士の人穴に入り申すべく候、岩屋の内にて死したるとも所領二人の子供に、千町づゝとらすべし、松杉を植ゑしも、子供を思ふ習ひなる。

此の草紙を聞く人は、富士の権現に、一度詣りたるに当るなり。能く/\心をかけて疑ひなく、後生を願ふべし。少しも疑ひあれば、大菩薩の御罰も蒙るなり。いかにも後生一大事なりと思ふべし。御富士南無大権現と八遍唱へべし。


「ふくろふ」
上は梵天帝釈、四大天王、閻魔法王、五道の冥官、王城の鎮守八幡大菩薩、春日、住吉、北野天満大自在天神、伊勢天照大神、山には山の神、木には木魂の神、地にはたうろう神、河には水神、熊野は三つの御山、本宮薬師、新宮は阿弥陀、那智はひれう権現、滝本は千手観音、熱田の観音、富士の浅間大菩薩、信濃には諏訪上下の大明神、善光寺の阿弥陀如来、南無三宝の諸仏を請じおどろかし候ぞや。


御伽草子とは

大和田建樹

「鉄道唱歌」(東海道篇)より
14(御殿場・佐野)
 はるかにみえし富士の嶺
 はや我そばに来(きた)りたり
 ゆきの冠(かんむり)雲の帯
 いつもけだかき姿にて
15
 ここぞ御殿場夏ならば
 われも登山をこころみん
 高さは一万数千尺(すせんじゃく)
 十三州もただ一目

18
 鳥の羽音におどろきし
 平家の話は昔にて
 今は汽車ゆく富士川
 下るは身延の帰り舟

20
 三保の松原田子の浦
 さかさにうつる富士の嶺
 波にながむる舟人は
 夏も冬とや思うらん

29(鷲津・二川)
 右は入海(いりうみ)しずかにて
 空には富士の雪しろし
 左は遠州洋(なだ)近く
 山なす波ぞ砕けちる

「鉄道唱歌」(第5集=関西・参宮・南海各線)より
28
伊勢と志摩とにまたがりて
雲井に立てる朝熊山(あさまやま)
のぼれば冨士の高嶺まで
語り答うるばかりにて


※大和田建樹作詞・多梅稚(おおのうめわか)作曲
※歌詞は変遷がある。

角田竹冷

元朝や軒は古りても富士の山


※姓は「かくた」とも「つのだ」とも。

佩香園蘭丸(清水長義)

講談を駿河町にも人の寄る富士の裾野の曾我の仇


※狂歌

富士山人

試合場の辻講談に立客の手許へ早く迫る銭乞ひ


※狂歌

※富士山人唐麿か?教えてください!

藤田東湖

「正気歌」より
天地正大気 粋然鍾神州
秀為不二嶽 巍々聳千秋
注為大瀛水 洋々環八洲
発為万朶桜、衆芳難与儔

※天地正大の気、粋然神州に鍾る。秀でては不二の嶽となり、巍々千秋に聳ゆ。注いでは大瀛の水となり、洋々八洲を環る。発いては万朶の桜となり、衆芳与に儔し難し。

北原白秋

「黎明の不二」より
よく見ればその空高く、かすかにも雪煙立ち、その煙絶えすなびけり。 いよいよに紅く紅く、ひようひようと立ちのぼる雪の焔の、天路(あまぢ)さしいよよ盡きせね、消えてつづき、消えてつゞけり。


「春はあけぼの」
○春はあけぼの
 紫染めて
 不二は殿御(とのご)の立ちすがた
○裾は紫
 頂上は茜
 不二は蓮華の八つ面


「初花ざくら」
○不二の裾野の
 初花ざくら、
 様は木花咲耶姫。
○不二の裾野の
 一本ざくら、
 いとしそさまも花盛り。


「山北」
○早やも山北、
 ちらちら、燈(あかり)、
 鮨は鮎鮨、
 渓(たに)の月。
○箱根越ゆれば、
 裾野の夜露、
 不二は紫
 百合の花。


「山じや」
これが山じやと、
すうと立つたお山、
さすがお不二さん
山の山。


「武蔵野の不二」
○心ぼそさに
 背戸(せど)に出て見れば、
 不二がちよつぽり、
 枯木原。
不二の遠見に、
 火の見の梯子、
 野良は火のよな
 唐辛子。


不尽の山れいろうとしてひさかたの天の一方におはしけるかも

北斎の天をうつ波なだれ落ちたちまち不二は消えてけるかも


「香ひの狩猟者」
六十一種といふ名香の中に、紅塵、富士煙(ふじのけぶり)などは名からして煙つてゐる。一字の月、卓、花は何と近代の新感情を盛ることか。ことに隣家(りんか)にいたつては、秋深うして思ひ切なるものがある。


不二の裾野
不二の裾野
 吹雪の夜汽車
 何處(どこ)に下りよう當(あて)もない
不二のしら雪
 解けなば解けよ
 とても愛鷹(あいたか)、三島宿
不二の巻狩
 夜明けの篝火(かがり)
 今は速彈(はやだま)、戀の仇
 
※北原白秋作詞/成田為三作曲


不二の高嶺に」
不二の高嶺
 朝ゐる雲は
 あれは雪雲
 風見雲
不二の高嶺
 夕ゐる雲は
 末は茜の
 わかれ雲
 
※北原白秋作詞/成田為三作曲


「紅吹雪」
○天(そら)へ天(そら)へと
 あの雪煙(ゆきげむり)
 お山なりやこそ
 紅吹雪
○いとし焔(ほのほ)か
 焔の雪か
 不二は夜の明け
 紅吹雪
○雪の焔の
 燃え立つ朝は
 さぞやお山も
 せつなかろ
○やるせないぞへ
 あの紅吹雪
 早やも後朝(きぬぎぬ)
 不二颪

※北原白秋作詞/成田為三作曲

2006年03月26日

岸田稚魚

たらの芽や雲を聚めて利尻富士

雨雲の夜雲となりつ富士詣

大寒の富士にぶつかる葬かな(五島沙歩郎逝く)

大露や抜身のごとく富士立てり

ハンカチーフ雪白なりや富士曇る

大寒の富士にぶつかる野辺送り

刻々の大赤富士となりゐつつ

岸本尚毅

雉子鳴くつめたき富士と思ふかな

岸風三樓

籐椅子に師あれば簷に富士青し

処暑の富士雲脱ぎ最高頂見する

山毛欅枯れて富士より他に何もなき

初凪や児島湾なる備前富士

関森勝夫

あをあをと富士のかぶさる大根蒔

北斎の雲を放ちて秋の富士

吉岡禅寺洞

富士聳え干菜の匂ひたかかりき

角川照子

赤彦の夕陽の歌や雪解富士

大木惇夫

「平塚学園高等学校 校歌」
富士が峯の かがよう雪に
 久遠なるさとし見ざるや
 ふるまいの 美しきもの
 尽くさまし 世の人のため
 平塚は 和むふるさと
 奥ゆかし 清し むつまじ
 ああ われら泉を分けて
 培わん 徳の芽生えを

※3番あるうちの2番
※作詞大木惇夫/作曲乗松明広


「富士吉田市歌」
○浄(きよ)らけき不二の高嶺
 裾ひくや 緑のわが市(まち)
 人のため はらからのため
 幸(さいわい)を 紡ぎて織らん
 ああ誉(ほまれ)あり 富士の子われら
 奮(ふる)ひ立ち こぞり立ち
 明日の花の栄えを見ばや
○白妙の不二の高嶺
 影うつす鏡ぞ 湖
 ここにこそ人ら集ひて
 新しき生命(いのち)を汲まん
 ああ 望みあり 富士の子われら
 扶(たす)けあい睦みあい
 平和の貢(みつぎ) 世にささげばや
○仰ぎ見る不二の高嶺
 みさとしは 気高し ふるさと
 美(うる)はしき殿堂を いざ
 あけぼのの夢に築かん
 ああ 祈りあり 富士の子われら
 相呼びつつ 応へつつ
 世界に虹を懸けわたさばや

※大木惇夫作詞/小松清作曲

巖谷小波(巌谷小波)

富士山
○我(わが)日本(にっぽん)に山あり 富士と云ふ。
 日本に二つなき山。
 冬は只 仰げ仰げ、
 仰げば雪を 戴きて、
 眼(まなこ)を射る
 白扇、さかさまなり。
○我日本に山あり 富士と云ふ。
 日本に二つなき山。
 夏はいざ 登れ登れ。
 登れば雲に 擢(ぬきん)でゝ。
 面(おもて)を吹く
 天風(てんぷー) ひやゝかなり。

※巌谷小波作詞/東儀鉄笛作曲
※「お伽唱歌」(明治40)に収録


秋晴や富士明に水鏡

三日程富士も見えけり松の内


ふじの山
○あたまを雲の上に出し
 四方の山を見おろして
 かみなりさまを下にきく
 ふじは日本一の山
○青ぞら高くそびえたち
 からだに雪のきものきて
 かすみのすそをとおくひく
 ふじは日本一の山

※巖谷小波(いわやさざなみ)作詞/作曲者不詳/文部省唱歌

2006年03月25日

加藤楸邨

初富士やねむりゐし語の今朝めざめ

富士の紺すでに八方露に伏す

富士初雪日向はどこも鉄くさし

五月富士屡々湖の色かはる

藷負ふや焦土の果の夜明富士

煖房車黙せばいつも冨士があり

加藤知世子

皹赤し富士の向ふの夕茜

富士が主体の嵐のオブジェ富士薊

河東碧梧桐

この道の富士になりゆく芒かな

裏富士の囀る上に晴れにけり

富士晴れぬ桑つみ乙女舟で来しか


「南予枇杷行」
 この石仏から、曲流する肱川と大洲の町を見おろす眺望は、一幅の画図である。富士形をした如法寺山の、斧鉞を知らぬ蓊鬱な松林を中心にして、諸山諸水の配置は、正に米点の山水である。


河東碧梧桐について

皆吉爽雨

一本の襞初富士を支えたる

富士浮沈しつつ大寒林をゆく

遅月に富士ありキャンプ寝しづまり

富士雪解せり宝永は終んぬる

狐火のそのとき富士も空に顕つ

富士あざみより絮ひとつ小春空

着ぶくれて見かへる時の富士かしぐ

初富士の秀をたまゆらに山路ゆく

岡田日郎

大雪渓袈裟がけ海に利尻富士

ハマナスや雲横引きに利尻富士

寒夕焼富士に一番星沈む

小梅恵草夕富士雲上に浮び出づ

秋の風お中道見ゆ室も見ゆ

雲海に浮び青磁の夜明富士

風花や残照富士の遠ちになほ

峠より遠富士眺め年惜しむ

群蜻蛉飛べど飛べども富士暮れず

枯山をくだり来て夕富士にあふ

各務麗至

うらおもてなし磐石の富士不二

今上天皇

外国(とつくに)の旅より帰る日の本の空赤くして富士の峯立つ

河野美奇

赤富士の褪め山小屋の灯も消えて

先づ白き富士より霞み初めにけり

河野南畦

つつじ燃え伊豆の近か富士親しうす

月見草富士は不思議な雲聚め

河野多希女

赤富士にかつとをんなの内側を

河合甲南

初富士の美しく旅恙なく

加茂達彌

元日の富士を連れ出す車窓かな

加倉井秋を

富士にまだ明るさ残る門火焚く

目の力あへなかりけり富士に雪

雪解富士晴れて喜び榧飴売

夕不二やひとりの独楽を打ち昏れて

加舎白雄

不二晴よ山口素堂のちの月

下村非文

富士隠す雨となりたり炉を開く

下間ノリ

富士薊高原の風ほしいまま

久米牡年

ふじ垢離(ごり)の声高になるさむさかな

沖鴎潮

ねんごろに会釈しあうて富士講者

※この方に関する情報を教えてください!

岡野やす子

くっきりと富士の雪解の縞模様

岡田貞峰

初東雲あめつち富士となりて立つ

高速路初富士滑り来たりけり

岡井省二

流鶯の夕澄む富士となりにけり

横田さだ子

籐寝椅子在りし日のまま富士へ向く

横山白虹

くろぐろと富士は宙吊り冬霞

横光利一

靴の泥枯草つけて富士を見る

摘草の子は声あげて富士を見る


「夜の靴――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)」
極貧からとにかく現金の所有にかけては村一番になっている。村の秘密を知っているものも彼ただ一人だ。経済のことに関する限り、彼を除いて村には知力を働かせるものもない。すること為すこと当っていって、他人が馬鹿に見えて仕方のない落ちつきで、じろりじろりと嫁を睨んでいれば良いだけだ。肩から引っかけた丹前の裾の、富士形になだれたのどかな様子が今の彼には似合っている。


「旅愁」
「僕は社の用でときどきここへ来たんだが、前にここは僕の知人だったんですよ。」
矢代は塩野にそう云ってから、庭の隅にある四間ばかりの高さの築山を指差した。
「これは目黒富士といってね、これでも広重が絵に描いてるんだ。近藤勇もよくここへ来たらしいんだが、どうも日本へ帰って来て、少しうろうろしているとき気がつくと、すぐこんな風に、歴史の上でうろついてるということになってね。広重もいなけりゃ、勇もいやしない脱け跡で、これから僕ら、御飯を食べようというんだからなア。」
「そう思うとあり難いね。御飯も。」
 塩野は庭下駄を穿いて飛石の上を渡り、目黒富士の傍へ近よっていった。薄闇の忍んでいる三角形の築山全体に杉が生えていて、山よりも杉の繁みの方が量面が大きく、そのため目黒富士の苦心の形もありふれた平凡な森に見えた。しかし矢代は廊下に立って塩野の背を見ながらも、やがて来そうな千鶴子のことをふと思うと、争われず庭など落ちついて眺めていられなかった。パリで別れてから、大西洋へ出て、アメリカを廻って来た千鶴子の持ち込んで来るものが、まだ見ぬ潮風の吹き靡いて来るような新鮮な幻影を立て、広重の描いた目黒富士の直立した杉の静けさも、自分の持つ歴史に一閃光を当てられるような身構えに見えるのだった。


「榛名」
縁側に坐つて湖を見ると、すでに山頂にゐるために榛名富士と云つても對岸の小山にすぎない。湖は人家を教軒湖岸に散在させた周圍一里の圓形である。動くものはと見ると、ただ雲の團塊が徐徐に湖面の上を移行してゐるだけである。音はと耳を立てると、朝から窓にもたれて縫物をしてゐる宿の女中の、ほつとかすかに洩らした吐息だけだ。もう早や私は死に接したやうなものだ。

2006年03月24日

高島南枝

花すすきせりあがりたる表富士

※この方の情報を教えてください!

高田明子

裏不二のひとひらの雲秋日和

※この方の情報を教えてください!

2006年03月23日

富士宮市歌

○朝日に富士の雪映えて
 明るい希望の陽が昇る
 ああ爽やかな富士宮
 ここに生まれてここに住む
 我らこぞりてこのまちに
 夢を咲かそう美しく

※3番まである
※富士宮市選定/小山章三作曲

サイト管理者より

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2006年03月22日

平家物語

「流布本」
駿河国富士の裾野に到る。その国の凶徒、「この野に鹿多く侯。狩して遊ばせ給へ」と申しければ、尊即ち出で遊び給ふに、凶徒等野に火を着けて尊を焼き殺し奉らんとしける時、帯き給へる天叢雲剣を抜きて草を薙ぎ給ふに、苅草に火付きて劫かしたりけるに、尊は火石・水石とて二つの石を持ち給へるが、先づ水石を投げ懸け給ひたりければ、即ち石より水出でて消えてけり。又火石を投げ懸け給ひければ、石中より火出でて凶徒多く焼け死にけり。それよりしてぞその野をば、天の焼けそめ野とぞ名付けける。叢雲剣をば草薙剣とぞ申しける。尊、振り捨て給ひし岩戸姫の事忘れがたく心に懸りければ、山復(かさ)なり、江復(かさ)なるといふとも志の由を彼の姫に知らせんとて、火石・水石の二つの石を、駿河の富士の裾野より、尾張の松子の島へこそ投げられけれ。彼の所の紀大夫といふ者の作れる田の北の耳に火石は落ち、南の耳に水石は落つ。二つの石留まる夜、紀大夫の作りける田、一夜が内に森となりて、多くの木生ひ繁りたり。火石の落ちける北の方には、如何なる洪水にも水出づる事なく、水石の落ちたる南の方には、何たる旱魃にも水絶ゆる事なし。これ火石・水石の験なり。


「城方本・八坂系」
するがのくにうきしまがはらにもなりしかばおほいとのこまをひかへて
  しほぢよりたえずおもひをするがなるみはうきしまになをばふじのね
おんこゑもんのかみ
  われなれやおもひにもゆるふじのねのむなしきそらのけぶりばかりは


「高野本」
入道相国うれしさのあまりに、砂金一千両、富士の綿二千両、法皇へ進上せらる。

まことにめでたき瑞相どもありければ、吹くる風も身にしまず、落くる水も湯のごとし。かくて三七日の大願つゐにとげにければ、那智に千日こもり、大峯三度、葛城二度、高野・粉河・金峯山、白山・立山・富士の嵩、伊豆、箱根、信乃戸隠、出羽羽黒、すべて日本国のこる所なくおこなひまは(廻つ)て、さすが尚ふる里や恋しかりけん、

清見が関うちすぎて、富士のすそ野になりぬれば、北には青山峨々として、松ふく(吹く)風索々たり。南には蒼海漫々として、岸うつ浪も茫々たり。

   ただたのめ(頼め)ほそ谷河のまろ木橋ふみかへしてはおち(落ち)ざらめやは
むねのうちのおもひはふじのけぶりにあらはれ、袖のうへの涙はきよみが関の波なれや。


「長門本」
彼庄内にあさくら野と云所に、ひとつの峯高くそびえて、煙りたえせぬ所あり、日本最初の峯、霧島のだけと號す、金峯山、しやかのだけ、富士の高根よりも、最初の峯なるが故に、名付て最初の峯といふ、六所権現の霊地也、

今も女院だに渡らせ給はましかば、申留め参らせ給ひなましと、事のまぎれに旧女房たちささやきあひ給へり、富士綿千両、美濃絹百疋御験者の禄に法皇に参らせらるるこそ、いよいよ奇異の珍事にてありけれ、

大将年ごろ浅からず思ひて通はせられけるに、ある夜待わび、さむしろ打拂ひ富士のけぶりのたえぬ思の心地して、宵のかねうち過おくれがねかすかに聞えければ、侍従なくなくかうぞ思ひ続けける、
   待宵のふけゆくかねの音きけばあかぬわかれの鳥はものかは

「龍谷大学本」
侍、郎等、乗替相具して、馬上二十八万五千余騎とぞ記しける、其外甲斐源氏に一条次郎忠頼を宗徒として二万余騎にて兵衛佐に加はる、平家の勢は富士の麓に引上げて、ひらばり打ちてやすみけるに、兵衛佐使を立てて、親の敵とうどんげにあふ事は、極めて有がたき事にて候に、御下り候こと悦存候、あすは急ぎ見参に入候べく候といひおくられたり、

清見が関をも過ぬれば、富士の裾べにもなりにけり、左には松山ががとそびえて、松吹く風もさくさくたり、右には海上漫々として、岸打浪もれきれきたり、

清見が関にかかりぬれば、朱雀院御時、将門が討手に宇治民部卿忠文、奥州へ下りける時、此関に止まりて、唐歌を詠じける所にこそと涙をながし、田子の浦にも着ぬれば、富士の高根と見給ふに、時わかぬ雪なれども、皆白妙に見え渡りて、浮島が原にも到りぬ、北はふじの高根、東西はるばると長沼あり、いづくよりも心すみて、山の翠かげしげく、空も水も一なり、

みなみに向て、又念仏二三十遍計申けるを、宗遠太刀をぬき頸をうつ、その太刀中より打をりぬ、又打太刀も、目ぬきよりをれにけり、不思議の思ひをなすに、富士のすそより光り二すぢ、盛久が身に、差あてたりとぞ見えける、


「百二十句本」
法皇、やがて還御の御車を門前に立てられたり。入道相国、うれしさのあまりに、砂金一千両、富士綿二千両、法皇へ進上せらる。人々、「しかるべからず」とぞ内々に申されける。

まことにめでたき瑞相どもあまたあり。吹き来る風も身に沁まず、落ち来る水も湯のごとし。かくて三七日の大願つひにとげければ、那智に千日籠り、大峰三度、葛城二度、高野、粉河、金峯山、白山、立山、富士の岳、伊豆、箱根、信濃の戸隠、出羽の羽黒、総じて日本国残る所もなく行きまはり、さすがなほ旧里や恋しかりけん、都へのぼりたりければ、飛ぶ鳥も祈りおとす、「やいばの験者」とぞ聞こえし。

清見が関も過ぎ行けば、富士の裾野にもなりにけり。北には青山峨々として、松吹く風も索々たり。南は蒼海漫々として、岸うつ波も茫々たり。

是は浮島が原と申しければ、大臣殿(おほいとの)、
   塩路よりたえぬ思ひを駿河なる名は浮島(うきしま)に身をば富士のね
右衛門督(ゑもんのかみ)、
   我なれや思ひにもゆる富士のねのむなしき空の煙ばかりは

平家物語について

2006年03月21日

高田貴霜

夕霧に富士の影富士離れ立つ

高村正知

北斎の富士雪となる三ツ峠

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高橋福子

伊賀冨士のうす紫に今朝の秋

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高橋克郎

表富士海まで枯れをひろげたり

2006年03月20日

武蔵坊弁慶?

「西塔武蔵坊弁慶最期書捨之一通」
抑若年之時、寄身于雲州鰐淵山、自童形以来、日夜不怠、粗試阿吽之二字。況至剃除餐髪之頃、向真言不思議窓、転極(うたた)頸密之秘法、於入定座禅床、探金胎両部之奥蔵。大日不二之法尤大切也。我自出母胎内以来、不犯禁戒、全護五常之道、欲達現当二世之本懐之処、先世之宿縁難遁而今将(はた)果者歟。

菅江真澄(白井秀雄)

「かすむ駒形(こまかた)」
南は根白石嶽刈田の白石荒神山、こは、みな月のころのぼれば、はるかにのぞむ谷ぞこに、家あまたあるを、いかなる里としる人なし。又あやしの人に、あふことありといへり、加美郡のうち也。西の方には、胆沢の駒形、此郡の駒形、尾をまじへたり、二迫の文字邑、不二にひとしき山は、をとが森、一迫鬼頭(おにかうべ)、この山奥より、白黄土といふ土をとりて、よねをあはせて、辰のとしまで、餅飯となしてくらひしなど、花淵山、いみじき花、いろいろあればしかいふ。

馬場信意

「義経勲功記」(附録「夢伯問答」)
昔常陸坊海尊とかや、源の九郎義経奥州衣川高館の役に、一族従類皆亡びけるに、海尊一人は軍勢の中をのがれて、富士山に登りて身を隠し、食に飢えてせん方のなかりしに、浅間大菩薩に帰依して守を祈りしに、岩の洞より飴の如くなる物涌き出でたるを、嘗めて試むるに、味ひ甘露の如し。是を採りて食するに飢えをいやし、おのづから身もすくやかに快くなり、朝には日の精を吸いて霞に籠もり、終に仙人となり、折節は麓に下り、里人に逢いてはその力を助け、人の助かる事、今に及びて、世に隠れてありという。

高平眞藤(高平清敏)

「平泉志」の「医王山毛越寺」より
五十四代仁明天皇の御宇嘉祥三年慈覚大師の開基なり。大師済度の為め東奥に巡歴し、暫く禅錫を此地に留め伽藍を草創あり。抑大師飛錫の始め俄に霧雲山野を蔽ひて行路咫尺を弁せさりしか怪哉。前程白鹿の毛を敷散し綿々として一径を開けり大師追従数歩にして回顧すれは、白髪の老翁忽焉と出現し大師に告て曰く。此に蘭若を開始せは弘法済民の功※(火+曷)焉にして、邦國不二の霊場ならむと。即ち其形白鹿と共に消えて見えすなりぬ。

田辺希文

「封内風土記」
荻荘赤荻邑
戸口凡二百三十一。有號笹谷。外山地。本邑及山目。中里。前堀。作瀬。細谷。樋口。上。下黒澤。一関。二関。三関。凡十二邑。曰荻荘。 
神社凡十一。 
日光権現社。本邑鎮守。不詳何時勧請。 
若宮八幡宮。同上。 
神明宮二。共同上。 
富士権現社。同上。 
雲南権現社。同上。 
寶領権現社。同上。 
白山権現社。同上。 
山神社。同上。 
稲荷社。同上。 
竈田神社。不詳何時祭何神。

香取佳津美

春富士を目につなぎ来て旅装解く

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甲斐遊糸

雲上に冠雪の富士七五三

広田寒山

白銀の雨に身震ふ富士詣

2006年03月19日

藤原定家

ふじのねにめなれし雪のつもりきて
 おのれ時しるうきしまがはら

あまのはらふじのしば山しばらくも
 けぶりたえせず雪もけなくに

今ぞおもふいかなる月日ふじのね
 峯にけぶりのたちはじめけん

ほととぎすなくやさ月もまだしらぬ
 雪はふじのねいつとわくらん

竹取物語

※古谷知新 校訂版

   あふことも涙にうかぶわが身にはしなぬくすりも何にかはせむ
かの奉る不死の藥の壺に、御文具して御使に賜はす。勅使には調岩笠(つきのいはかさ)といふ人を召して、駿河の國にあンなる山の巓(いたゞき)にもて行くべきよし仰せ給ふ。峰にてすべきやう教へさせたもふ。御文・不死の藥の壺ならべて、火をつけてもやすべきよし仰せ給ふ。そのよし承りて、兵士(つはもの)どもあまた具して山へ登りけるよりなん、その山をふじの山とは名づけゝる。その煙いまだ雲の中へたち昇るとぞいひ傳へたる。

桂信子

たてよこに富士伸びてゐる夏野かな

五月富士全し母の髪白し

遠富士へ萍流れはじめけり

藻の花に音なく富士の顕ちにけり


桂信子について

広瀬澄江

大富士の影落つ湖の初明り

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向井太圭司

大霞富士あるごとくなきごとく

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古場真規子

吹きこもる樹林の風や葉月富士

古屋喜水

影富士となる雲海の晩夏光

原田青児

松過ぎの富士山見ゆる駅に来て

原子公平

寒星へ王墓のごとく暮れゆく富士

兼堀なみ子

遠富士の尖りをくろく冬夕焼

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熊谷清子

蝦夷富士を右に左に秋の旅

金尾梅の門

初富士や木々思はずも葉をふるふ

川上弘美

湯屋の富士描きなほされて夏に入る

深谷雄大

山里の一本のみの富士桜

金子光晴

「五つの湖」
○五つの湖が
 ふじをめぐる。
○山中湖は鶺鴒(せきれい)。
 霧のなかの
 かるい尾羽。
○額ぶち風な河口湖。
 樹海のふところからとりだした珠。
 明眸(めいぼう)の精進。
 嫉みぶかさうな、秘やかな西湖。
 そして、無の湖、本栖湖よ。
○五つの湖が
 ふじをみあげる。
○芒すすきからのぞく
 雪の額。
○緒が切れて
 裾野にこぼれた五つの珠。
○五つの湖がしぐれると
 ふじはもう、姿がみえない。
○移り気なふじよ。
 雪烟(ゆきけむり)にかくれまはり
 つゆつぽい五つの湖と
 ふじは心の遊戯をする。
○五つの湖を
 めぐりあるくふじは
 どの鏡にもゐて
 どれにも止まらない。


「富士」より
雨はやんでゐる。
息子のゐないうつろな空に
なんだ。糞面白くもない
あらひざらした浴衣のやうな
富士

2006年03月18日

磯部勇吉

雪富士を列車の窓に連れて行く

北村ゆうじ

松山へ飛ぶ富士の上の小春かな

原順子

富士から湧水柿田は下萌ゆる

近藤日陽子

冠雪の富士正面に入港す

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玉木春夫

富士を見る新樹の森を抜けてより

橋本風車

痩富士が遠くて盆地ただ寒し

橋本渡舟

春の嶺富士と並んで勝気なり

橋川かず子

五月富士雲脱ぐことを繰返す

2006年03月17日

中古日本治乱記

「中古日本治乱記」(山中山城守長俊・編)に所載の歌

足利義満
 時しらぬ冨士とは兼て聞触し水無月の雪を目に見つる哉

今川上総介恭範
 はるばると君がきまさんもてなしに鹿の子まだらに降冨士の雪
 君か見ん今日のためにや昔より積りは初し冨士の白雪
 紅の雪を高峯に顕して冨士より出る朝日影哉
 月雪も光りを添て冨士の根のうこきなき世の程を見せつつ
 吹冴る秋の嵐に急れて空より降す冨士の白雲
 我ならす今朝は駿河の冨士の根の綿帽子ともなれる雪哉
 仰き見る君にひかれて冨士の根もいとと名高き山と成らん

法印尭孝
 思ひ立冨士の根遠き面影を近く三上の山の端の雲
 冨士の根に待えん影そ急るる今宵名高き月をめてても
 君そ猶万代遠くをほゆへき冨士の余外目の今日の面影
 言の葉も実にぞをよばぬ塩見坂聞しに越る富士の高根
 契りあれや今日の行手の二子塚ここより冨士を相見初ぬる
 秋の雨も晴間はかりの言葉を冨士の根よりも高こそ見れ
 雨雲の余外に隔し冨士の根はさやにも見へすさやの中山
 白雲のかさなる山も麓にてまかはぬ冨士の空に冴けき
 我君の高き恵に譬てそ猶仰見る富士の柴山
 雲はこふ富士の根下風吹や唯秋の朝気の身には染共

足利義教
 今そはや願満ぬる塩見坂心挽し富士を詠て
 立帰幾年浪か忍まし塩見坂にて富士を見し世を
 たくひなき冨士を見初る里の名を二子塚とはいかていはまし
 名にしをへは昼越てたに冨士も見ず秋雨闇小夜の中山
 見すはいかに思ひしるへき言の葉もをよはぬ冨士と兼て聞しも
 朝日影さすより冨士の高峯なる雪もひとしほ色増る哉
 月雪のひとかたならぬ詠ゆへ冨士に短き秋の夜半哉
 朝あけの冨士の根下風身に染も忘果つつ詠ける哉
 跡垂て君守るてふ神そ今名高き冨士をともに逢ふ哉
 こと山は月になるまて夕日影猶こそ残れ冨士の高根
 今そはや願ひ満ぬる塩見坂心ひかれし冨士を詠て
 冨士の根にする山もかな都にてたくへてたにも人に語ん

三条宰相実雅
 我君の曇ぬ御代に出る日の光に匂ふ冨士の白雲

飛鳥井中納言雅世
 冨士根も雲そいたたく万代の万代つまん綿帽子哉

山名持豊入道綱真宗全
 雲や我雲をいたたく冨士の根かともに老せぬ綿帽子哉

細川下野守持春
 冨士の根も雲こそ及へ我君の高き御影そ猶たくひなき
 あきらけき君か時代を白雲も光添らし冨士の高根に

山名中務大輔熈貴
 露の間もめかれし物を冨士の根の雲の往来に見ゆる白雲

太田資長
 我庵は松原遠海近冨士の高根を軒端にそ見る