北原白秋
「黎明の不二」より
よく見ればその空高く、かすかにも雪煙立ち、その煙絶えすなびけり。 いよいよに紅く紅く、ひようひようと立ちのぼる雪の焔の、天路(あまぢ)さしいよよ盡きせね、消えてつづき、消えてつゞけり。
「春はあけぼの」
○春はあけぼの
紫染めて
不二は殿御(とのご)の立ちすがた
○裾は紫
頂上は茜
不二は蓮華の八つ面
「初花ざくら」
○不二の裾野の
初花ざくら、
様は木花咲耶姫。
○不二の裾野の
一本ざくら、
いとしそさまも花盛り。
「山北」
○早やも山北、
ちらちら、燈(あかり)、
鮨は鮎鮨、
渓(たに)の月。
○箱根越ゆれば、
裾野の夜露、
不二は紫、
百合の花。
「山じや」
これが山じやと、
すうと立つたお山、
さすがお不二さん、
山の山。
「武蔵野の不二」
○心ぼそさに
背戸(せど)に出て見れば、
不二がちよつぽり、
枯木原。
○不二の遠見に、
火の見の梯子、
野良は火のよな
唐辛子。
不尽の山れいろうとしてひさかたの天の一方におはしけるかも
北斎の天をうつ波なだれ落ちたちまち不二は消えてけるかも
「香ひの狩猟者」
六十一種といふ名香の中に、紅塵、富士煙(ふじのけぶり)などは名からして煙つてゐる。一字の月、卓、花は何と近代の新感情を盛ることか。ことに隣家(りんか)にいたつては、秋深うして思ひ切なるものがある。
「不二の裾野」
○不二の裾野と
吹雪の夜汽車
何處(どこ)に下りよう當(あて)もない
○不二のしら雪
解けなば解けよ
とても愛鷹(あいたか)、三島宿
○不二の巻狩
夜明けの篝火(かがり)
今は速彈(はやだま)、戀の仇
※北原白秋作詞/成田為三作曲
「不二の高嶺に」
○不二の高嶺に
朝ゐる雲は
あれは雪雲
風見雲
○不二の高嶺に
夕ゐる雲は
末は茜の
わかれ雲
※北原白秋作詞/成田為三作曲
「紅吹雪」
○天(そら)へ天(そら)へと
あの雪煙(ゆきげむり)
お山なりやこそ
紅吹雪
○いとし焔(ほのほ)か
焔の雪か
不二は夜の明け
紅吹雪
○雪の焔の
燃え立つ朝は
さぞやお山も
せつなかろ
○やるせないぞへ
あの紅吹雪
早やも後朝(きぬぎぬ)
不二颪
※北原白秋作詞/成田為三作曲