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高平眞藤(高平清敏)

「平泉志」の「医王山毛越寺」より
五十四代仁明天皇の御宇嘉祥三年慈覚大師の開基なり。大師済度の為め東奥に巡歴し、暫く禅錫を此地に留め伽藍を草創あり。抑大師飛錫の始め俄に霧雲山野を蔽ひて行路咫尺を弁せさりしか怪哉。前程白鹿の毛を敷散し綿々として一径を開けり大師追従数歩にして回顧すれは、白髪の老翁忽焉と出現し大師に告て曰く。此に蘭若を開始せは弘法済民の功※(火+曷)焉にして、邦國不二の霊場ならむと。即ち其形白鹿と共に消えて見えすなりぬ。