金子光晴
「五つの湖」
○五つの湖が
ふじをめぐる。
○山中湖は鶺鴒(せきれい)。
霧のなかの
かるい尾羽。
○額ぶち風な河口湖。
樹海のふところからとりだした珠。
明眸(めいぼう)の精進。
嫉みぶかさうな、秘やかな西湖。
そして、無の湖、本栖湖よ。
○五つの湖が
ふじをみあげる。
○芒すすきからのぞく
雪の額。
○緒が切れて
裾野にこぼれた五つの珠。
○五つの湖がしぐれると
ふじはもう、姿がみえない。
○移り気なふじよ。
雪烟(ゆきけむり)にかくれまはり
つゆつぽい五つの湖と
ふじは心の遊戯をする。
○五つの湖を
めぐりあるくふじは
どの鏡にもゐて
どれにも止まらない。
「富士」より
雨はやんでゐる。
息子のゐないうつろな空に
なんだ。糞面白くもない
あらひざらした浴衣のやうな
富士。