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戸川秋骨

「道學先生の旅」
私共は大月驛から自動車で目指す河口湖畔へ向つた。自動車は猛烈な、亂暴な奴で、抛り出されさうである。顛覆しさうでもある。一臺はパンクした。私達の乘つて居るのは、ガソリンがなくなつて運轉不能になつた。同乘したN夫人はまだ日本の間に合せの文化になれない人だから、定めし驚いた事であらうと察しられる。併し左に右に、また正面に、いつも行手にあたつて、富士がその堂々たる姿を見せて居た事は、私共に取つてさへ快い事であつたから、此外來の方には興のない事でもなかつたらう。私共は湖畔についた、鹿爪らしくも何々ホテルといふ名の家についた。うしろは富士、前には湖畔の山々、目の下には湖水と鎔岩、素より快い天地である。話は東西の旅の事、風景の事に及んだ。