山口誓子
下界まで断崖富士の壁に立つ
十里飛び来て山頂に蝿とまる
富士山に生れて死ぬる黒ばった
日本の霞める中に富士霞む
どんよりと利尻の富士や鰊群来(にしんくき)
富士火口肉がめくれて八蓮華
愉しまず晩秋黒き富士立つを
雪の富士大き空間占めて聳つ
雪の富士高し地上のものならず
解け雪富士山潜り八海に
富士山頂吾が手の甲に蝿とまる
四時起きに残雪の富士起きゐたり
富士の雪大沢崩れ降りて来る
初富士の鳥居ともなる夫婦岩
鯉幟富士の裾野に尾を垂らす
近江富士青を凝らして青峯なす
富士伊吹同じ霞の棚引けり
富士の雪天地の境越えて垂る
富士霞む伊吹も霞む距たりて
雪の無き前山雪の富士隠す
全山の雪解水富士下りゆく
草の絮優遊富士の大斜面