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紫式部

「源氏物語」(大島本・若紫)
「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残すことはあらじかし」とのたまへば、
「これは、いと浅くはべり。人の国などにはべる海、山のありさまなどを御覧ぜさせてはべらば、いかに、御絵いみじうまさらせたまはむ。富士の山、なにがしの嶽」
など、語りきこゆるもあり。


「源氏物語」(大島本・鈴虫)
火取りどもあまたして、煙たきまで扇ぎ散らせば、さし寄りたまひて、
 「空に焚くは、いづくの煙ぞと思ひ分かれぬこそよけれ。富士の峰よりもけに、くゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり。講説の折は、おほかたの鳴りを静めて、のどかにものの心も聞き分くべきことなれば、憚りなき衣の音なひ、人のけはひ、静めてなむよかるべき」
など、例の、もの深からぬ若人どもの用意教へたまふ。


「源氏物語」若紫 (與謝野晶子訳)
「絵によく似ている。こんな所に住めば人間の穢(きたな)い感情などは起こしようがないだろう」
と源氏が言うと、
「この山などはまだ浅いものでございます。地方の海岸の風景や山の景色をお目にかけましたら、その自然からお得(え)になるところがあって、絵がずいぶん御上達なさいますでしょうと思います。富士、それから何々山」
こんな話をする者があった。また西のほうの国々のすぐれた風景を言って、浦々の名をたくさん並べ立てる者もあったりして、だれも皆病への関心から源氏を放そうと努めているのである。


「源氏物語」鈴虫 (與謝野晶子訳)
火入れがたくさん出されてあって、薫香(たきもの)をけむいほど女房たちが煽(あお)ぎ散らしているそばへ院はお寄りになって、
「空(そら)だきというものは、どこで焚いているかわからないほうが感じのいいものだよ。富士の山頂よりももっとひどく煙の立っているのなどはよろしくない。説教の間は物音をさせずに静かに細かく話を聞かなければならないものだから、無遠慮に衣擦れや起(た)ち居の音はなるべくたてぬようにするがいい」
などと、例の軽率な若い女房などをお教えになった。