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下村湖人

「次郎物語」(第五部)
第三日目は人間的交渉をさけて、ひたすら自然に親しもうという計画だった。未明に鉄舟寺を辞すると、まず竜華寺(りゅうげじ)の日の出の富士を仰ぎ、三保の松原で海気を吸い、清水駅から汽車で御殿場(ごてんば)に出て、富士の裾野を山中湖畔までバスを走らせた。

次郎はほうっと深い息をした。それは安堵の吐息ともつかず、これまで以上の深い苦悶の吐息ともつかないものだった。
二人はやがて立ちあがって、言い合わしたように富士を仰いだ。どちらからも口をきかなかった。富士は、三保で見たすらりとした姿とはまるでちがった、重々しい沈黙と孤独の姿を、青空の下に横たえていた。