如煙
大宮の朝立
清/\し不二に向ひし朝心
前々木といふ所にて
笠毎に朝露白き夜明哉
村山村の眺望
神の富士雲より上の高さ哉
夫より木立にかかりて
名も知れぬ木草の多し不二の裾
萱野にて
呼へは直く前て答へて夏野原
一合目にて鴬をきく
鴬もたしかに若し神の山
二合目にて
袖の下から雲湧きぬ富士の山
三合目にて全く草木なく 焼石原のみとはなりぬ
眼に障る物なし不二の三合目
四合目にて
ふもとにて雷なりぬ不二の山
五合目にて
夕立の下から来たり不二の山
六合目にて
雲霧を捉らへて見たり不二の山
七合目にて万代雪をかむ
不二崇し神代のまゝの峰の雲
これよりは一歩は一歩より 峻嶮となりゆきなか/\に 句作の余裕なし項上にて
暫らくは我より高き物はなし
こゝに至りて唯一身の無事 を祈る外一切の思決して邪なし
富士に来て神ならぬ人よもあらじ
※早稲田文学「俳句十四首」(1894)より