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繁野天来

富士は兀たり海道百里の秋の風

おほ洋に富士ゆた/\と今日の月

※以上2句は早稲田文学、明治30年(1897)収録


「大路の雨」より
○急がしく水うつ人の、
 手をとめて空を仰ぐは、
 うれしくも富士の高根に、
 雨雲の起るなりけり。

※早稲田文学 明治28年(1895)収録


「孤鶴」
○砂白き 東海の浜、
 鶴一羽 朝日に翔り、
 わだつみの 万古の波に、
 影富士の 影にゆらぐも。
○末の世の 秋風たたば、
 飛ぶ鶴の 影もとどめじ、
 羽衣の 昔語りも、
 まぼろしの 三保の松原。
○汝(な)が厭ふ 街(ちまた)の塵も、
 朝日には 天の白雲、
 いざしばし 翼をとめて、
 富士の根の 雪にやすらへ。
富士の根の 雪に清きも、
 ゆく鶴は 帰り来らず、
 鳴き捨つる 一声遠く、
 波青し 三保の松風。
○飛ぶ鶴の 翼しあらば、
 天人の 羽衣なくも、
 われもまた 富士を抱きて、
 雲遠く 月をや訪はむ。
○つばさなき 身を喜びて、
 力なき 砂を蹈みつつ、
 わたつみに 涙洗へば、
 富士の山 朝日に浮ぶ。

※早稲田文学:新体詩三篇(明治28年)より