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葛西善蔵

「浮浪」
「大船で乗替へて向うへ着くと十二時一寸過ぎになるんだが、宿屋で起きるか知ら?……」と私は話しかけたが、
「さうですかねえ」と、襟に頤を埋めて、黙りこくつた表情を動かさなかつた。
 やはり十四五年前富士登山の時、山を下りて腹を痛めて一週間ばかし滞在してゐたずつと町の奥の、古風なF屋と云ふ宿屋の落付いた室が思ひ出されたりした。