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佐々木味津三

「右門捕物帖・なぞの八卦見(はっけみ)」
「しました、しました。富士の風穴へでもへえったようですよ。さすがはだんなだけあって、やることにそつがねえや。なるほどな。じゃ、なんですね、きのうからのこの小娘のそぶりをお聞きなすって、ひと事件(あな)あるなっとおにらみなすったんですね」


「右門捕物帖・七七の橙(だいだい)」
「そいつが気に入らねえんだ。ついでのことに日本橋のほうへ向いてりゃいいものを、ちくしょうめ、何を勘ちげえしたか、品川から富士山のほうへ向いていやがるんですよ」
「ウフフ、そうかい。そうするてえと――」


「右門捕物帖・卒塔婆(そとば)を祭った米びつ」
「ウフフフ。なんでえ、なんでえ。来てみればさほどでもなし富士の山っていうやつさ。とんだ板橋のご親類だよ。――のう、ねえや!」


「右門捕物帖・左刺しの匕首(あいくち)」
「アハハ……そうか。なるほど、そうか。来てみればさほどでもなし富士の山、というやつかのう。よしよし。そろそろと根がはえだしやがった」


「右門捕物帖・毒を抱(いだ)く女」
「話したことも、つきあったこともないが、てまえの叔父(おじ)が富士見ご宝蔵の番頭(ばんがしら)をいたしておるゆえ、ちょくちょく出入りいたしてこの顔には見覚えがある。たしかにこれはご宝蔵お二ノ倉の槍(やり)刀剣お手入れ役承っておる中山数馬という男じゃ」

なれども、これには悲しい子細あってのこと、父行徳助宗は、ご存じのように末席ながら上さま御用|鍛冶(かじ)を勤めまするもの、事の起こりは富士見ご宝蔵お二ノ倉のお宝物、八束穂(やつかほ)と申しまするお槍(やり)にどうしたことやら曇りが吹きまして、数ならぬ父に焼き直せとのご下命のありましたがもと、そのお使者に立たれましたのが中山数馬さまでござりました。


「右門捕物帖・達磨を好く遊女」
そのすがすがしさがまたくるわの水でみがきあげたすがすがしさなんだから、普通一般の清楚とかすがすがしさといったすがすがしさではなく、艶(えん)を含んでかつ清楚――といったような美しさのうえに、そったばかりの青まゆはほのぼのとして、その富士額の下に白い、むっちりともり上がった乳をおおっている浜縮緬(ちりめん)の黒色好みは、それゆえにこそいっそう艶なる清楚を引き立てていたものでしたから、同じ遊女のうちでもこんなゆかしい品もあるかと、ややしばらく右門もうち見とれていましたが、かくてはならじと思いつきましたので、こういう女の心を攻めるにはまた攻める方法を知っている右門は、ずばりと、いきなりその急所を突いてやりました。


「右門捕物帖・首つり五人男」
「あれだ、あれだ、この建物アたしかにお富士教ですよ」

近ごろ本所のお蔵前にお富士教ってえのができて、たいそうもなく繁盛するという話だがご存じですかい、とぬかしたんでね。御嶽(おんたけ)教、扶桑(ふそう)教といろいろ聞いちゃおるが、お富士教ってえのはあっしも初耳なんで、今に忘れず覚えていたんですよ。本所のお蔵前といや、ここよりほかにねえんだ。まさしくこれがそのお富士教にちげえねえですぜ」
「どういうお宗旨だかきいてきたか」
「そいつが少々おかしいんだ。お富士教ってえいうからにゃ、富士のお山でも拝むんだろうと思ったのに、心のつかえ、腰の病、気欝(きうつ)にとりつかれている女が参ると、うそをいったようにけろりと直るというんですよ」

「ふふん。とんだお富士教だ。おいらの目玉の光っているのを知らねえかい。おまえにゃ目の毒だが、しかたがねえや。ついてきな」

「何を無礼なことおっしゃるんです! かりそめにも寺社奉行さまからお許しのお富士教、わたしはその教主でござります。神域に押し入って、あらぬ狼藉(ろうぜき)いたされますると、ご神罰が下りまするぞ!」
「笑わしゃがらあ。とんでもねえお富士山を拝みやがって、ご神罰がきいてあきれらあ。四の五のいうなら、一枚化けの皮をはいでやろう! こいつあなんだ!」


「旗本退屈男 第六話 身延に現れた退屈男」
「合点だッ。富士川を下るんですかい」