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武田泰淳

「富士」
 「富士が燃えているよ」
彼は、たしかに、そう言ったと思う。いや、私がたじろぐほど、しっかりした眼つきで私を見つめ、まちがいなく私に向かって、少年はそう言ったのだ。宣告したのだ。「富士が燃えているよ」 それは、風に吹きさらされる大煙突のてっぺんから、はるか彼方に赤く燃えさかる富士の実景を、彼の肉眼で、しっかり見てとったという意味だったろうか。それとも、視力にたよらぬ悪意ある暗示だったのだろうか。