藤村郁雄
「富士山頂気象観測の歌」
○一万二千尺雲の上
うき世の風のいづこ吹く
千古の雪の禊して
絶えざる観測(ミトリ)にいそしむは
気象の二字に打込める
霊峰富士の観測者
○氷の頂風寒く
アイゼン固くいでたてば
弥生の空に月残り
黄沙に煙る十三州
栄華の巷は遠く消え
いま駘蕩の春の夢
○雲縹渺の海となり
下界は雨に濡るヽらむ
陽光ひとり燦(?)として
氷の殿堂(ウテナ)は雫する
噴火口壁に聲ありて
夏のきざしを告ぐるなり
○暗雲低く掠めつヽ
矢羽根は南に転じたり
気圧の降下加速する
時こそ来れ台風ぞ
雨よ降れ降れ石も飛べ
我等が力を試しみむ
○秋玲瓏の朝ぼらけ
紫紺の山脈(ヤマナミ)空を截り
炊ぎの煙は地に靡く
御稜威(ミイツ)洽き天が下
遮る雲も影ひそめ
太平洋上波もなし
○電池も凍り眉凍る
エンジン重く息弾む
通信任務重ければ
夜を徹しても始動せむ
互に励まし手入れせば
注ぐ重油も凍りたり
○樹氷の花よ天よ地よ
この壮麗の頂よ
危難を越えて観測(ミトリ)せし
艱苦はこヽに酬いられ
あヽ雲表の別天地
自然は秘庫を啓示せり
○命を賭けし観測(ミトリ)こそ
吾が欣びの使命なり
永久(トワ)に伝うる記録こそ
吾が欣びの貢献(ミツギ)なり
いでや科学の矛とりて
御国の光をいやまさむ
いでや科学の盾とらむ
護れ浅間この使命