橘曙覧(たちばなのあけみ)
「白蛇艸第五集」より
これやこの泥のごとくろがねの研すりたつ腕とぞいふべきかくて三日あそびをりて家路に杖を曳きたりき、今は三とせ四年もやすぎつらん、松井畊雪がもとにて書画どもあまた見わたしける中に、高島芙蓉のかきたる不尽山のゑ、めとどまりて、ほしく思ひけれど、かくともえいはでやみにけるを、此ごろわづらひて何ごともたゞ物うくおもはるゝまにまに、夜ひる衾ひきかづきてのみ有ければ、心のうちいよゝ物さびしくなりもてゆきつゝ、はかなきことゞもいたづらに思ひめぐらさるゝくせなんあやにくなるにつけ、ある夜ねざめにふと此ふじの画にはかに見まほしうなりけるにより、いとあぢきなくしひたるわざにはあれど、かの絵ゆづりくるべく夜あくるまちて、便りもとめ畊雪のもとに、其よしいひやりけるに、畊雪すみやかにうべなひて、人してもたせおこせたりけり、いひやりはやりつるものゝ、いかゞかへりごとすらんと思ひわづらひてありけるほどなりければ、画とり出すとひとしく、病もなにもうちわすれ、やがて壁にかけさせて、しばしは目もはなたでぞありし
痩肩をそびやかしてもほこるかな雲ゐる山を手に入れつとて見し富士の画そらごとゝはなしはてぬ心の曇り去りぞ尽せる上月君の明日故郷にやどりける夜、この菴いとちいさきに松の黒木もて作りたる大きやかなる火桶つねすゑおけるを、今滋とふたりひをけのかたへにちゞまり寝る、狭きこといふばかりなし