鹿島則孝
「神宮々司拝命記」
十月一日、晴、前七時過より霧立うす曇、十時より晴、後村曇立、正午神宮へ参宮、夫より朝熊山へ登る、則泰、敏夫、包三郎同道也、里程は、宇治橋より山上迄六拾町也、坂路中々に嶮し、後三時廿分に山上豆腐屋といふ旅籠店ニ着し、離れ座敷に休息し、荷物抔預け、又、坂路四町登りて虚空蔵堂あり、奥の院の脇に、富士山拝所あり、海上の眺望よし、
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「神宮々司拝命記」
十月一日、晴、前七時過より霧立うす曇、十時より晴、後村曇立、正午神宮へ参宮、夫より朝熊山へ登る、則泰、敏夫、包三郎同道也、里程は、宇治橋より山上迄六拾町也、坂路中々に嶮し、後三時廿分に山上豆腐屋といふ旅籠店ニ着し、離れ座敷に休息し、荷物抔預け、又、坂路四町登りて虚空蔵堂あり、奥の院の脇に、富士山拝所あり、海上の眺望よし、