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蒲原有明

「松浦あがた」
南、島原半島の筑紫富士(温泉岳)と遥にあひたいし、小城(をぎ)と東松浦との郡界の上に聳え、有明海沿岸の平野を圧するものを天山(てんざん)――また、あめやまともいふ――となす。この山ことに高しとにはあらざれども、最(もつとも)はやく雪を戴くをもて名あり。蓋(けだ)しその絶巓(いただき)は玄海洋(げんかいなだ)をあほり来る大陸の寒風の衝(つ)くに当ればなり。

いかづち夕に天半(なかぞら)を過ぐ、烏帽子、国見の山脈に谷谺(こだま)をかへせしその響は漸く遠ざかれり、牧島湾頭やがて面より霽れたれども、退く潮の色すさまじく柩を掩ふ布のごとき雲の峯々の谷間に埋れゆくも懶(ものう)げなり。くしや、この黄昏の空より吹きおろす秋風は遽(にはか)に万点の火を松浦富士(越岳(こしだけ))の裾野に燃しいでたる。

この阜のいただきに公園地あり、木の下道清く掃(はら)ひて、瀟洒なる茶亭を設く。呼子湾を圧するながめこころよし。ここよりは小川、加唐(かから)の島々をも指点しうるべく、東南の空はるかに筑紫富士をのぞむ。